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クライオニクスとは何か?

・クライオニクスとは、どのような意味であるかについて

 

クライオニクスとは、延命を目的として使用される「生体凍結保存技術」のことです。

 

この技術は、治療が困難である患者を「液体窒素を使用した低温条件下」で長期保管して、そして「未来で蘇生させるため」に使用されます。

また現状では、クライオニクスは「未完成な近未来テクノロジー」に分類されることが一般的で、「実用的な延命の手段」としては、一部の支持者にしか受け入れられていなく、その技術的な完成が期待されている段階にあります。

 

イメージ的には、SF作品に登場する架空のテクノロジーである「コールドスリープ」に近い技術といえるでしょう。

 

ところで、当然のことですが、クライオニクスの処置によって患者が凍結保管されるのは、「医師により死亡が確認された後」です。

 

つまり、現在の基準では「医師により死亡が確認された状態」であっても、未来の基準では異なるので、高度な医療技術によって致死的な病根を患者から取り除くことができ、そして更には蘇生させることも「可能性があるだろう」という考え方で、クライオニクスによる保管は実施されます。

 

また、クライオニクスは「未来で患者を蘇生させる」のみではなく、「未来の高度な抗老化医療や再生医療を享受する」といった用途にも応用が可能です。

 

このために、クライオニクスは「不老長寿」や「不老不死」といった願望を達成するための技術的な手段にもなり得ます。

・クライオニクスは、なぜ注目されているのか

 

ところで、「未来で患者を蘇生させる」という、クライオニクスにおける考え方が「SF的すぎる!!」と感じる方も多いと思います。もちろん、現在の基準で一度は「医師により死亡が確認された状態」である患者を凍結保管して蘇生を目指すので、「飛躍的な医学の進展」が大前提となります。

 

それでは、この「不可能では?」とも思える「未来で患者を蘇生させる」という考え方は、なぜいま注目を集めているのでしょうか。

 

その疑問に対する答えの鍵は、「シンギュラリティ(技術的特異点)」という概念にあります。

 

シンギュラリティとは、簡単に説明すると「人工知能の再帰的な自己改良」によって「科学技術の爆発的進歩が起きる時点」のことです。

 

シンギュラリティの定義は各種あり、明確に「これ」という定義はありませんが、特に有名なものには未来学者であるレイ・カーツワイル氏の定義である「1000ドルのPCの能力が全人類の知能に匹敵する時点」というものがあります。

 

要するに、「どこででも入手できるような市販のパソコン1台の能力が、ヒトの全人口の知力の総和に追いつく時点」とレイ・カーツワイル氏は定義しています。

 

レイ・カーツワイル氏は、このシンギュラリティに「2045年に到達する」と予測しています。

 

ひと昔前までは、「夢想的な未来予測」と思われがちであった、この「2045年」という具体的な数値ですが、最近の高性能な生成AI、例えばOpenAI社の「ChatGPT」の驚異的な能力などを見ると、「ある程度の現実味が出てきた」と思えるところがあります。

 

仮に、2045年という「早い時期にシンギュラリティに到達する」という予想が外れたとしても、人工知能は「再帰的な自己改良」により持続的かつ加速的に進歩していきますので、人類が滅亡でもしない限りは「いつかはシンギュラリティに到達する」と考えるのは妥当といえます。

 

そして、ここで重要であるのは、クライオニクスは液体窒素を使用した「マイナス196度」の低温で保管を行うので、液体窒素が供給され続ける限りは「ほぼ半永久的」といえる長期保管が可能である点です。

 

人工知能の性能向上と並行して、「未来で患者を蘇生させる」というクライオニクスの考え方に注目が集まるのは必然的な流れといえます。

 

 

 

・人体冷凍保存は「誤訳」

 

このような経緯から、クライオニクスの注目度は上昇中で、インターネット上での情報量も急速に増えてきてはいますが、急速であるがゆえに「間違った情報」も多く拡散され「玉石混淆」といった状態です。

 

むしろ現在は、「間違った情報」が「コピー&ペースト」で増殖していくだけの「石だらけの状態」と表現した方が適切かも知れません。

 

残念なことに、現在の日本で「クライオニクスの訳語」として使われることが多い「人体冷凍保存」という用語からして、いきなり間違いで「誤訳」です。

 

クライオニクス(Cryonics)の語源である「Cryo」は低温を、「ics」は技術や学問領域を意味していて、直訳すると「低温技術」となります。このように、クライオニクスの言葉としての本質は「保存」ではなくて「技術」の部分にあります。

 

また、クライオニクスは凍結保管の対象を「ヒト」に限定していません。海外では、ペットが凍結保管されることもあるのですが、未来の日本では「ネコ」が「人体(?)冷凍保存」で凍結保管されるという事態になるのかも知れません。

 

このように「人体冷凍保存」は完全に誤訳であるのですが、それではクライオニクスの直訳である「低温技術」を用語として使用するのが正しいかというと微妙です。

 

クライオニクスという言葉が「実際に意味する範囲」に対して、「低温技術」では明らかに「広すぎる範囲」を示しています。

 

このため、『まんがでわかる クライオニクス論』の作中では、「生体凍結保存技術」という表現を使用しています。

 

間違った用語を拡散しないためにも、「人体冷凍保存」という「誤訳」の使用は避けて、単にカタカナで「クライオニクス」と表記するのが無難であるように思えます。

 

また、日本語訳を併記するのであれば、「クライオニクス(生体凍結保存技術)」、もしくは多少長い表記になっても、「クライオニクス(延命を目的とした生体凍結保存技術)」のような表記を用いるのが妥当といえるでしょう。

 

余談となりますが、この「人体冷凍保存」という誤訳は、その語感が「ホラー的」であるためか、「都市伝説」や「オカルト」を扱う「サイトや動画」で多用されることにより拡散してきた経緯があり、その定着の過程も好ましくありません。また、これらの「サイトや動画」では、使用される用語が適切であるかの検証が不十分なだけでなく、掲載内容の調査も十分に実施されていません。

 

更に問題であるのは、基本的に「都市伝説」や「オカルト」というジャンルは、その内容の真偽に関わらず「社会に対して悪影響がなくて話題として楽しめるもの(例えば、ツチノコやケサランパサランや牛久沼のカッパなど)」を取り扱うべき分野で、「人間の生死や健康に関係するような話題については言及を避ける」という「暗黙の了解」があるのですが、これが守られてこなかったという「別の視点での問題」もあります。特に、テレビ番組に出演するような「オカルト芸人」が、クライオニクスのような話題に言及するのは、「完全にプロ失格」であり「論外」となります。

・クライオニクスによる保管を実施している団体

 

クライオニクスによる保管を実施している主要な団体の例としては、下記の5団体が挙げられます。日本については、現時点で国内に保管設備を有している団体は存在しません(2024年02月時点の情報)。

 

 

・Alcor Life Extension Foundation (アルコー延命財団)

  (所在地は、アメリカのアリゾナ州スコッツデール)

 

・Cryonics Institute (クライオニクス研究所)

  (所在地は、アメリカのミシガン州クリントン郡区)

 

・KrioRus (クリオロス)

  (所在地は、ロシアのモスクワ郊外)

  (現在は2つの派閥に分裂して抗争を継続中?)

 

・山東銀豊生命科学研究院

  (所在地は、中国の山東省済南)

 

・Tomorrow Biostasis (トォモロー バイオスタシス)

  (所在地は、ドイツのベルリン)

 

 

アメリカのアリゾナ州にある「アルコー延命財団」と、ミシガン州にある「クライオニクス研究所」の2団体は共に歴史が古く、特に有名です。

 

アルコー延命財団は法人としての設立年が1972年で、半世紀以上も活動を継続していることになります。アルコー延命財団のオフィシャルサイトには、凍結保管中の人数は「225人」とあります(2024年02月の時点のデータ)。

 

また、クライオニクス研究所は1976年に設立で、オフィシャルサイトの情報では「200人以上」を凍結保管中となっています(2024年02月の時点のデータ)。

 

ロシアの「クリオロス」は、過去に日本人の保管を実施したこともある団体ですが、現在は残念なことに2つの派閥に分裂して抗争中で、近況については不明な部分が多いです。

 

中国の「山東銀豊生命科学研究院」は、2017年に初めてクライオニクスによる保管を行った比較的新しい団体です。人口の多い中国ということもあって急成長中で、非常に勢いがあります。

 

ドイツの「トォモロー バイオスタシス」は、これらの5団体のなかで最も新しい団体で、特に学術的な面での研究を重視している点が特徴です。

 

 

 

・現行で使用されいる「ガラス化凍結法」について

 

さて、このように世界の各地で実施されているクライオニクスですが、もちろん単純に人体を冷凍して保存しているわけではありません。

 

ただ単純に凍結させるだけだと、結晶化した水分で細胞が切り裂かれて「ズタズタ」の「ボロボロ」になります。

 

例えば、冷凍の刺身を解凍した時に出てくる「ドリップ」という液体がありますが、あれは細胞が破壊されたことによって出てくる液体です。

このような凍結障害を防ぐために、クライオニクスによる保管では、「氷晶の生成」についての対策が重要になります。

では、現在のクライオニクスにおいて、実際にどのような方法で「氷晶の生成」を抑制しているかというと、「ガラス化凍結法」と呼ばれる細胞工学の分野で多用されている方法が用いられています。

この「ガラス化凍結法」における「ガラス」とは「非晶質(アモルファス)」という意味で、一般的な意味での「ガラス」とは意味が異なります。

つまり、人体を冷凍する過程で「水分を結晶化しないままに固形化」、要するに「非晶質として固形化」することによって、凍結時に細胞が受けるダメージを減らし、細胞を生存させたまま凍結しようとする考え方です。

 

このガラス化凍結法は、前述のとおり細胞工学の分野で多用されている方法であるので、当然のことですが「細胞の凍結保存」には有効性があります。

 

細胞をガラス化凍結法で凍結する際には、「急速冷却の過程(ガラス化の過程)」の前段階で「凍害保護液」という「水分の結晶化を阻害する溶液」を使用します。

クライオニクスにおいて、ガラス化凍結法を用いて人体を凍結する場合にも、この「凍害保護液」は使用されます。

 

人体に対して凍害保護液を使用する際、事前に幾つかの前処理の段階が存在しますが、要点のみを簡潔に説明しますと、「凍害保護液を人体の循環系に流し入れる方法」が採用されています。

 

つまり、「凍害保護液で血管内を置換」します。

その後に、人体をマイナス196度の液体窒素を使用して冷却し「急速冷却の過程(ガラス化の過程)」を経た後に、液体窒素で満たされたタンクに移し静置することにより、凍結保管の処理は完了します。

 

このような方法で、クライオニクスにおけるガラス化凍結法は実施されています。しかしながら残念なことに、細胞の凍結保存では有効であるガラス化凍結法ですが、人体に対して使用すると深刻な問題が発生します。

では、なぜ人体に対してガラス化凍結法を使用すると深刻な問題が発生するのでしょうか?

 

この点については、次の「クライオニクスの課題」のページで説明します。

 

 

  ➡️ 「クライオニクスの課題」

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